ぼくらは、どこまで行けるのだろう
でも、ことばってさ、たりないよね
だって、森に行って、森のぜんぶを見てるわけじゃないでしょ
ぜんぶは、ことばにできないもの
だから、ミューちゃん、空の色
言い表せないでしょ
青
青だけじゃたりないよね
もっとことばにできない微妙な色してる
だけどことばがなくったって、だめだろ
なんで<微妙な>色とか言えるのよ
たとえばタヌキとか、ことばをもってないとするじゃん
そうすると、タヌキにとっては微妙な色もなんもありゃしない
微妙ってのは、青とか赤とかことばをもっていて、そのことばにうまくはまらない、ぜんぜんあてはまらないわけじゃないけど、なんかはみ出てる、そういうもんだろ
ミューは少しタヌキのことを考えいた
タヌキのことはよく分からなかったが、そういうもののような気もした
なんか別のことばを使ってる連中がいてさ、こっちが微妙だって言ってる色をきっぱりこの色って言い表すことばがあって、逆に、こっちがきっぱり青って言ってる色をいわく言いがたい微妙な色と思うかもしれないじゃんか
そうかあ
じゃ、微妙な空の色に見えるっていうのも、ぼくが青とか赤とか、こういうことばで空の色を見てるからなんだね
そういうことなんだろうな
いってみれば、ことばがものさしになってるわけだ
ことばで言い表せないものってのは、ぜったいことばで言い表せないってわけじゃない
ことばがあるからこそ、そのちょっと先にみえてくる
最初はうまく言えないけど、次にことばを見つけて、そしたらまたその先に、いる
ことばで言いあらわしえないもの<語りえないもの>って言ってもいいけど
語りえないものと語りうるものと、きっちり二つに分かれるんじゃなくて、何かをことばで言い表すと、そこには何か言い表しきれないもどかしさみないなのがつきまとうことがある
そのもどかしさっていうのは、そこまでことばで言い表したからこそ、姿を現したものなわけだ
空の色を<青>ってことばでいいあらわそうとするから、それじゃあ言い切れないもんが見えてくる
で、そいつはずっとそのまま言い表せないのかっていうと、たぶんそうじゃない
<透明な深い青>とか言ってみると、そこであらためて色の透明さとか、深さみたいなもんが姿を現して、<透明>ったっていろんな透明があるとか、<色の深さ>って何だとか、ことばは、何かを語ることで、語りきれていないものを影のように差し出してくる
光が影を作るように
そして光だけが影を作るように-